HISTORY OF IM@S WORLD

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アイドルマスターの歴史を様々なデータで振り返る

文字だけで振り返るアイマス史

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開発期間は4年弱、アイドルゲーム(仮)

  ゲームメーカーであるナムコが開発したアーケードゲーム用筐体『リライタブルステージ』。ステーション複数台とタワー1台で構成された大掛かりなもので、ステーションではゲームをプレイ。タワーは情報を表示するために使用された。ネットワーク接続に対応しており、通信対戦が可能。タッチパネルを採用、プレイ状況記憶媒体としてカードを使用、携帯電話との連動サービスといった、アーケードでの新たなゲームスタイルを提示するものとなっていた。

 この『リライタブルステージ』用のゲームとして、ドラゴンを育成し、育てたドラゴンで全国のプレイヤーとオンライン対戦ができるターン制バトルゲーム『ドラゴンクロニクル』が第1弾として企画された。第2段は、『ときめきメモリアル』、『サクラ大戦』等、当時人気があったギャルゲーをモチーフとしたものが企画され、アイドルプロデュースゲーム『アイドルゲーム(仮)』の開発されることになった。このゲームがのちの『アイドルマスター(THE IDOLM@STER)』である。

 企画の立ち上げ当初は、女子プロレス、女子バレーを題材にしたものが企画されたが、最終的には、当時人気があったオーディションバラエティ番組『ASAYAN』の影響により、アイドルを育成するゲームという方向性に定まった。このゲームのプロデューサーを務めたのは、後に『機動戦士ガンダム 戦場の絆』等を手がけた小山順一朗。ディレクターは6人体制で、リーダー格としてディレクター1を担当したのが石原章弘。(通称ディレ1)キャラクターデザインはアニメーターの窪岡俊之。

 シルエットだけでも個性が判別できるような親しまれやすいキャラクターデザインが考えられ、最終的に、天海春香、如月千早、萩原雪歩(初期段階では恵という名前だった)、菊地真、高槻やよい、水瀬伊織、双海亜美、双海真美、三浦あずさ、秋月律子、四条貴音、我那覇響の計12名のアイドルがデザインされた。各アイドルの苗字は旧日本軍の戦艦の名前にちなんだものである。ちなみに、貴音、響は容量の関係上、アーケード版には登場しなかったが、後にPSP用ゲームソフト『アイドルマスターSP』で改めて登場することになった。この際に、現在の苗字、キャラクター設定が決定。大幅なデザイン変更は無かったものの、貴音の髪の色が金髪から銀髪に変更された。

 ゲームのグラフィックに2Dアニメーションを使用する案があったものの、費用が掛かりすぎるということで3Dアニメーションが採用された。石原ディレクターが開発スタッフとして携わっていたゲーム『青春クイズカラフルハイスクール』のキャラクター、神崎未来を基に試作モデルの制作が開始。この試作モデルの制作が成功し、春香のモデルが制作されることになった。さらに、ゲームのプロトタイプを制作する為、春香役の声優オーディションが先行して開催。春香役の声優は新人の中村繪里子に決定した。プロトタイプでは台詞のみの収録だった為か、後のオーディションで恒例となる、歌の審査は行われなかった。

 ゲームの制作が進み、既に声優が決定していた春香役を含めた全アイドル役の声優オーディションが行われた。オーディションは一次と二次に別れており、二次審査で歌審査が行われ、プロトタイプで春香役であった中村はこの二次審査から参加。オーディションの結果、9名の声優が選ばれた。春香役はプロトタイプ同様に中村繪里子、千早役は今井麻美、雪歩役は落合祐里香、真役は平田宏美、やよい役は仁後真耶子、伊織役は釘宮理恵、亜美/真美役は下田麻美、あずさ役はたかはし智秋、律子役は若林直美に決定した。

 ゲーム中でアイドルが歌う楽曲制作の為に、佐々木宏人サウンドディレクターを始めとした、ナムコのサウンドコンポーザーが集められた。作曲に関してはナムコスタッフで固められており、平均的なアイドルソングではなく、作曲者それぞれの個性が強く出た楽曲が生まれた。

 ゲームの開発が遅れ、キャストによるプロモーション活動が先行して行われた。当時、アイドルマスターとしての宣伝番組はなかったものの、各キャストが出演していたラジオ番組やWEB動画番組に便乗する形でのプロモーションが行われたことにより、キャスト(声優)との結びつきが強いコンテンツとなっていった。

 2004年1月、WEB動画番組『アギュー』の公開録音イベントが『アニメエキスポ東京』にて開催。この場で、アイドルマスターミニコンサートとして、中村による『太陽のジェラシー』、今井による『蒼い鳥』、中村・今井による『THE IDOLM@STER』の計3曲が披露された。この時点でゲームは完成していなかったが、ゲーム上で披露される楽曲を、現実で声優が披露するというアイマスライブの原点となるイベントとなった。

<まとめ>
 アーケード版の開発時期。ちょうどこの頃、インターネット回線が電話回線からADSLへと移り変わり、携帯電話の通信システムも2Gから3Gへ。このネット環境の変化により、ゲーム業界ではオンラインゲームが台頭。声優業界では、ラジオ番組が地上波ラジオからWEBラジオへと舞台を変えていきました。この時代の流れによって生まれた新しいゲームであり、メディアミックス作品であるのが『アイドルマスター(THE IDOLM@STER)』です。とはいえ、技術革新の狭間といった中で、最新技術を活かしたゲームを制作したことは当時としては、かなり無茶なことであったと思います。この時代にいち早くチャレンジした、そのチャレンジができる環境にあったことが大きく、当時のナムコだったからこそ制作できたゲームであったと思います。


嵐の中の始まり、アーケード版稼働

 2004年3月30日、プレデビューサイト『アイドルマスターWEB pre-debut edition』が期間限定で開設された。このサイトでは、ゲーム内容の紹介やPVが掲載され、ユーザーからの意見募集が行われていた。意見を送付することで、一定期間ごとに異なる壁紙がプレゼントされた。2004年6月8日に公開終了。2004年9月1日に公式サイト『アイドルマスターWEB』が開設された。2004年12月10日には、『アイドルマスター体験版ちょびっと』が公開。WEB上でゲームの序盤がプレイできた。

 2004年12月17,18,19日、プラボ中野(東京都)、プラボ鶴見(神奈川県)にて、第1回ロケテストが開催された。ロケテストとは、ロケーションテストの略称で、開発中のアーケードゲームを、ゲームセンターにプレイできる状態で公開し、ゲームバランス調整や市場調査を行うものであり、計3回行われた。このロケテストの現場に、キャストが訪れることもあった。

 2005年7月26日、台風7号が関東地方に接近する中、アーケード版『アイドルマスター(THE IDOLM@STER)』が稼動した。プレイヤーはアイドルプロデューサーとして、765プロダクション所属の9人のアイドル候補生から1人を選択し、決められた期間内で、レッスンやコミュニケーションを積み重ね、その成果を基にオーディションにチャレンジ。オーディションに合格してファン数を獲得し、トップアイドルを目指すという内容。難易度が高くても、アイドルの魅力によって何度も挑戦したくなる仕組みや、携帯電話にアイドルからプロデュースを催促するメールが直接届くなど、革新的なつくりにより、一部で人気を博した。

 2005年7月28日、CDシリーズ制作発表会『スタートアップミーティング』が開催された。このイベントには、株式会社ナムコより、石川祝男副社長、小山順一朗プロデューサー。コロムビアミュージックエンタテイメント株式会社より前山寛邦、植村俊一。そして、各キャラクターを演じる声優9名が出席。この場で石川副社長が、アイドルマスターのメディアミックス展開の展望を語った。2005年9月28日、初の音楽CD『THE IDOLM@STER MASTERPIECE 01 魔法をかけて!』が日本コロムビアから発売。2005年12月22日、初のドラマCD『THE IDOLM@STER ドラマCD Scene.01 萩原雪歩&菊地真編』(プロデューサー役:泰勇気)がフロンティアワークスから発売された。2006年4月にはラジオ番組が同時期に、ラジオ大阪『THE IDOLM@STER RADIO(今井・たかはし)』、アニメイトTV『ラジオdeアイマSHOW!(中村・今井・落合)』の2番組がスタートするなど、メディアミックス展開が進められた。

 2006年1月21日、雪吹きすさぶ中『THE IDOLM@STER MASTERPIECE』シリーズのリリースイベント『シークレットイベント』が赤羽会館にて開催された。出演は、中村繪里子、今井麻美、若林直美、たかはし智秋、平田宏美、仁後真耶子、落合祐里香、下田麻美の8名。会場アナウンスは、765プロの事務員である音無小鳥(CV:滝田樹里)が担当したが、この場で小鳥の声が初披露された。イベントの内容としては、ゲーム中の楽曲のライブや、石原章弘ディレクターが書き下ろした朗読劇『伊織を探せ!』等が行われた。

 2006年7月23日、アーケード版稼動1周年を記念したライブイベント『THE IDOLM@STER 1st ANNIVERSARY LIVE』が新木場STUDIO COASTにて開催された。このイベント以降、アーケード版稼動日をアイドルマスターの始まりの日として、アニバーサリーライブが毎年開催された。(※2ndについては行われず。3rdから10thまで行われ、それ以降は未開催)こうしたイベントは度々開催され、会場の規模も次第に大きくなり、ゲームから始まったコンテンツではあるが、実際にアイドルの歌声やパフォーマンスを体感できるライブイベントが、アイドルマスターにおける重要な要素の1つとなった。

<まとめ>
 アーケード版がようやく稼働。ゲーム内容としてはシビアなもの。チュートリアルをプレイしたところで、オーディションシステムをすぐに理解できるわけもなく、初見でクリアできるような生易しいものではありません。アイドルごとの特性を知った上でのオーディション前の下準備、オーディションの戦略等々を把握する必要がある高難易度のゲームでした。さらには、ゲームセンター内で客観的にゲームのプレイヤーを見てみると、女の子たちが写っている画面をタッチしている姿は異様なものであったこともまた事実。別の意味でもプレイをするのに高難易度であったとも言えます。そんなことはお構いなしに、プレイするツワモノもいれば、プレイすることすらできなかった方も数多かったことでしょう。


XBOX360版発売、ニコニコにゼノグラと

  2006年9月15日、『PROJECT IM@S(Inter Media Artists and Specialists)』が発表された。『PROJECT IM@S』とは、アイドルマスターというコンテンツの最大化を図るために、プロの壁、表現者としての壁、そしてあらゆるメディアの壁を越えていくことにチャレンジしていくという、強い理想を表現したもの。コンテンツを最大化させるため、一貫したプロジェクトとしてメディアミックス展開を推し進めていくことになった。

 2007年1月25日、Xbox360版『アイドルマスター(THE IDOLM@STER)』が発売された。アーケード版の開発はメトロが行っていたが、コンシューマ版は社内で開発され、グラフィックは以前のものを流用せずに新規で作り直された。他にも、ゲームシステムの変更、Xbox Liveを使用したオンライン対戦・ダウンロードコンテンツ販売サービス、新キャラクター『星井美希(CV:長谷川明子)』・新曲の追加等、大幅な変更が行われた。プロデューサーは坂上陽三(通称ガミP)、ディレクターは小野田裕之(別名:mft)。アーケード版のプロデューサーであった小山順一朗は別ゲームの担当に。ディレクターであった石原章弘は、アーケード版の調整作業があったために、シナリオ作成、ゲーム監修という立場で関わった。

 この頃、YouTubeやニコニコ動画といった動画配信サイトのサービスがスタート。歌って踊る高水準のCG技術の目新しさもあってか、アイドルマスター関連の動画が数多く投稿された。さらには、ゲーム映像を編集したMAD動画がニコニコ動画で盛り上がりを見せ、思わぬ形で認知度を上げていった。この盛り上がりは、動画の再生画面上にコメント(感想)を流せる仕様により、リアクションが簡単に得られることでの動画製作者のモチベーションの向上。さらには、製作者同士のコミュニティ環境がネット上で構築されたことでの技術共有であったり、再生数ランキングによる切磋琢磨が生まれたことが大きな要因と思われる。

 2007年4月、アニメ『アイドルマスター XENOGLOSSIA(ゼノグラシア)』の放送が開始された。ゲーム版アイドルマスターを原作としたアニメではなく、メディアミックスプロジェクト『Project iM@S』の一環として製作された。その為、登場するキャラクターは同一であるが、キャラクターの声を担当する声優、ならびに各種設定についてはオリジナルのものであり、内容もアイドルアニメではなく、ロボットアニメに分類されるものとなっている。製作はロボットアニメの老舗であるサンライズ。『舞-HiME』を製作したサンライズ第8スタジオが担当。監督は後に『とらドラ!』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』等を手がける長井龍雪。シリーズ構成は後に『中二病でも恋がしたい!』『ラブライブ!』を手がける花田十輝。前述のとおり、ゲーム版とはストーリー・キャストが異なる為、ゲーム版のアニメ化を待望していた層には受け入れづらい内容で批判の声が挙がった。作品の出来そのものに対してと言うよりも、この機会を逃すとゲーム版のアニメ化の時期を逸するという懸念があったものと思われる。ゲーム版のアニメについては、4年後の2011年に放送された。

<まとめ>
 ニコニコ動画にアイドルマスターの動画が投稿されたことで、アイドルマスターというゲームをプレイしていない方が、アイドルマスターというコンテンツを認識するようになっていく状況が作られました。そして、アイドルマスターを題材にした動画が次々と制作、投稿されるようになり、動画制作者同士のコミュニティが形成され、合作が作られるようになりました。それがニコマスと呼ばれるように。2007年から2年ほどは、ニコマスに勢いがありましたので、思いがけないところでアイドルマスターの知名度向上に一役かうことになりました。そんなことがあったことで、公式と共存とまではいかないものの、ある程度黙認されている状況に。この状況は他に今までになかった出来事で、興味深いものでありました。短い期間ではあったものの、この二次創作の大きな盛り上がりが、今現在も続くアイドルマスターに繋がっていることは確かでしょう。


ガミP命名に変態コール、ライブフォーユー発売

  2007年10,11月、イベント『Go to the NEXTSTAGE!! THE IDOLM@STER GREAT PARTY』が渋谷O-East(東京都)・心斎橋BIGCAT(大阪)の2箇所で開催された。このイベントは、ライブ&トークイベントとなっており、坂上プロデューサーへの質問コーナーが行われた。東京公演では、若林直美から「坂上プロデューサー」は言いにくいとのことで「ガミP」と命名された。大阪公演では、そのガミPが、赤ちゃんセットについて「亜美真美に着させるとかわいくて」と語ったことにより、客席から変態コールが巻き起こった。その後、各種イベントでガミPが登場する際には、変態コールが起こることが定番になった。

 2008年2月28日、Xbox360用ゲームソフト『THE IDOLM@STER LIVE FOR YOU!』発売。リズムアクションゲームと、ライブ映像の構成を自由に組み替えることができる機能を兼ね備えたライブシミュレーションゲーム。ゲーム版を原作としたオリジナルアニメビデオを同梱。リズムアクションゲームとしてみれば、やりこみ要素は少なく、ボリューム不足の感は否めないが、MAD動画編集におけるライブ映像作成時間が大幅に削減されるなど、本来の遊び方とかけ離れた用途で重宝されるように。さらには、この年の七夕に、背景をブルーバックに変えるコマンドが発見され、背景合成を駆使した動画が数多く投稿されるようになった。

 2009年7月27日、ライブイベント『Go to the NEW STAGE! THE IDOLM@STER 3rd ANNIVERSARY LIVE』がパシフィコ横浜 国立大ホールにて開催された。YAKINIKUMANこと串田アキラがゲスト出演。このイベントにて、PSP用ゲームソフト『アイドルマスターSP』が発表され、ライバルアイドル事務所である961(クロイ)プロダクションの存在が明かされた。961プロのアイドル、星井美希、我那覇響(CV:沼倉愛美)、四条貴音(CV:原由実)の3人が961プロ社長の黒井崇男(CV:子安武人)による呼びかけで登場。新曲『オーバーマスター』を披露した。こうした思いがけないゲストの登場や、765プロから961プロへ星井美希が移籍となる情報など、サプライズの多いイベントとなった。

 10月11日、東京ゲームショウにてアイドルマスターSPのイベントが開催された。同作の挿入歌である『Colorful Days(765)』と『オーバーマスター(961)』が12月に同日発売されることが発表。売上の結果として、数百枚の差で『オーバーマスター』に軍配が上がった。

<まとめ>
 3rd ANNIVERSARY LIVEにて、PSP用ソフト『アイドルマスターSP』の発売が発表されました。本来であれば新しいゲームに対しての期待が膨らむところなのですが、ここで星井美希が961プロに電撃移籍することも発表され、物議を呼ぶことになります。星井美希はXbox360版アイドルマスターの新アイドルとして登場し、他のアイドルには用意されていない覚醒イベントがあるなど、ある意味特別扱いされていて、プレイヤーにとっては思い入れが強くなりやすいアイドルではないかと思います。そのアイドルが765プロのライバルとなるという展開。期待と不安が重なる中、『アイドルマスターSP』の発売日を待つことになりました。


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